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web Cafe Adrenaline vol . 44

2007 01-01 update since 2000


2007 迎春



お近くの方、遠くの方、問わず、今年も、
ある日、ふと、妙に行ってみたくなるような店づくりに努め、
ああ、やっぱし来て良かったなあ、と思ってもらえるようなモノをご用意して、お待ちしております。

今年も宜しくお願いします!

Cafe Adrenaline 店主/水野雄一










上の画像は、昨年12月の定休日の早朝、、大して汚れていなかったけど、なぜか、急に、洗ってやらな、
と思い、開始からわずか30分でワックス掛けまで完了した様子を撮影したもの。

やっぱ14年も一緒に暮らしていると、洗車ひとつするにしてもムダな動きが無くなるし、目ではボディ表面の
汚れや、塗装の劣化具合なんかを追っているんだけど、頭の中はとくに何も考えてなくて、だた機械的に、
手足を動かし、水量を調節しながら、黙々と洗っていく。
ボディの表面積なんて、軽自動車並みだから、慣れたら誰でも出来ると思います。

これまでに、このクルマを何百回、何千回、洗ったか分からないけど、必ずしも、天気がいいからとか、
体調かいいからとか、気分がいいからとかは関係なく、思いっきり二日酔いの朝でも洗うし、
外気温5℃の深夜1時でも洗うし、ま、とにかく、30分程度の空き時間があれば洗うし、って感じである。

たぶんこれは、自分で、無意識のうちに、気分転換を図っているんだと思う。
クルマの汚れ具合と、ストレスの溜まり具合の双方が、ある一定の量に達すると、僕の脳から、「洗車しろ」、
という指令が出るんだと思う。(笑) これは結構、便利かも知れない。

普通の人なら、「魚釣りに行け」、とか、「友達を誘って呑みに行け」、とか、「カラオケに行け」、
といったように、時間と、それなりの費用と、相手の都合が必要だけど、洗車に関しては、僕の場合、
雨さえ降らなければOK牧場なので、脳からの指令に対して、即実行に移せるので楽ちんである。

じっさい、洗い終わったあとは、ひと汗かくし、全身運動とまではいかなくても、それなりに体を使うので、
なんとなく頭の中がスカっとしてリセットされた感じがする。
時間にして30分、費用にしても水道代の100円だか、200円程度のことだと思うので、かなり費用対効果に
優れたリセット方法だと思う。 と、僕は勝手に思い込んでいる。














こっちも12月の早朝のボルボ960/2.5エステート。パッキパキに凍ってます。 よって、解凍中です。

もうすぐ、12万キロという走行距離なので、ごらんの通り、リアが若干下がってます。(笑)
まあ、もともとダルな乗り味なので、あまり気にしていませんが、リフトアップして見ると、
当時、鳴り物入りで採用された、リアの、”エポキシ+グラスファイバー混成のリーフスプリング”、が、
経年劣化で波打っており、交換しようにも、アホみたいに高額であるため、ま、しばらく、このままでいっか、
と考えています。

しかし、この新素材(?)リーフ・スプリング、後にも、先にも、このモデルにしか採用されておらず、
ま、明らかに、ボルボの失敗作だったと思います。(笑) 別に、鉄で作れば良かったじゃん、って思います。
つーか、これを作ったのは実はルノーで、ボルボは供給を受けていただけなんだよね。
なんじゃそれ!、って感じなんだけど、ま、ルノーじゃあ、しゃーないわなー、と、ある意味、納得。
他にも、ウィンカーレンズなんかには、MADE IN FRANCE 、って刻印してあって、もう、見るからに
きゃーやめてええ!みたいな粗悪なプラスチックを使用し、とても、定価600万円のクルマには見えない。
&、サイドウィンカーには、なぜか、Made in Germany、とあり、なんかもう、EU万歳!みたいなクルマである。

でも、ドアノブを握って、ドアを開けると、カッチン!と重厚な音がして、おいおい、
こんな頑丈そうなヒンジ必要か?、いらねーだろ、と、突っ込みを入れたくなるような代物が付いてて、
エンジン掛けて、いざ走り出すと、外の音がほとんど聞こえないくらい静かで、妙に高級感あるんだよね。

そして、このホイール。2.5リッターモデル限定の純正15インチの純正品。
現在は冬用タイヤを装着しているけど、これが大正解。本当に素直なハンドリングが楽しめます。
僕の好きな、丸い感触です。

でも、僕は、3リッターモデルの純正16インチも持っていて、それは夏用として使っているんだけど、これが最悪。
つーか、僕は嫌いなタイプだな。 ま、見た目は確かに良いんだけど、いったんタイヤが転がりはじめると、
妙にドタバタ、ゴツゴツした感じで、ねらったコーナーのアペックスに入ろうとすると、なーんか、
ねじ伏せないとインできない感じなんだよね。

別に、スピード域は大したこと無いよ、ちゃんと法定速度内なんだけど、
僕は、普通の農道でも、ハンドルを切るときは、常に、最短距離で走りたい性格なんで、
だから、与えられた範囲内で、無意識のうちに、アウト・イン・アウトのラインをトレースしてる。(笑)
たぶんこれは、カートをやっていた頃の名残り、というか、染み付いたクセだと思う。

で、この16インチに関しては、念のため、何度かホイールバランスをとってみたけど、とくに異常は無いから、
もともとこんな感じなのかな?と諦めている。
足回りに関して、つーか、シャーシそのものが共通のはずだから、3リッターモデルの人は、「これが普通」、と、
思って乗っているのかな?ちょっと聞いてみたい気がするね。

今のところ、FRのボルボは、このモデルを最後に消滅したままで、いろんな意味で、将来性が無く、
ボルボ社にとって、この900系というのは、不良債権みたいなキャラクターだったのかも知れません。
しかし、この、なんとも言えない、ミスマッチ感というか、真面目に作ったんだろうけど、結果、デタラメ感ありありー
みたいな所が、このクルマの魅力なのかも知れないね。















じゃーん!ついに!、当店スタッフ/文ちゃんの旦那様が、1990年式・ポルシェ911・カレラ4、を購入!

ドイツ本国仕様、フルオリジナル、3オーナー、もうすぐ走行距離、なんと!驚愕の15万キロ!はい拍手!

ってことは、平均して、年間9000キロ近く走ってきたわけで、ひと月あたり、750キロ近く走ってきたわけで、
ってことは、平均して、毎日、25キロ近く走ってきたわけじゃない。
25キロってことは、だいたい、名古屋市〜豊田市の往復距離だったり、
中津川市〜瑞浪市の往復距離なんだよね。
すっごいよねー!よく走ったよねー。

言うならば、僕のボルボよりも良く働くし、ユーノスなんか全然足元にも及ばないし、
ベックに至っては同じ’90年式なのに、うちのは31,000キロで止まったままだもんなあー。
ホント、頭、下がりますよ。

まあ、それだけ、この個体がアタリだったという事の証明になるだろうね。



とても、17年落ち、そして、15万キロ近くを走破したとは思えない、きれいなボディ状態。
唯一、気になる所は、フロントバンパー中央部の塗装剥がれ。 これ、わかるかな?
とはいえ、近日中に再塗装されるとのこと。
そやね、やった方がええね。



やはり、どうしても、キーシリンダー(ハンドルの左にある銀色の丸い部分)、の周辺はキズが多かったね。
でも、総じて、「このクルマさ、しっかり使い倒してきたけどさ、その分、しっかり金かけて手入れしてあるよ」、
という印象を受けました。とくに黒の皮シートの乾燥、ひび割れは、「味がある」、といえば聞こえは良いけど、
「緊張感の無い日常生活」、とも見受けられる。

よって、やはり、黒皮シートというのは、「これから、あなたを非日常の世界へ誘いますよ」、という独特のツヤを
放っていないとツマらないし、腰掛けた瞬間に、なんとなく、しっとりとした感触のするものがいいと思う。
この個体には、それが、ギリギリ残っていると思う。



ポルシェ911全般に言えることだと思うけど、どーしても、すぐ汚れちゃうエンジンなんだよね。
だってさ、マフラーから、今出た排気ガスを、この白いファンで吸い込んじゃうわけでしょ、結果的に。
しかも、このエンジン、地面すれすれの位置に搭載されているわけで、思いっきし、リアタイヤで巻き上げた砂を
容赦なく、かぶる構造なんだよね、結果的に。僕のベック550スパイダーも似たような構造だから良くわかります。
何度も、何度も、きれいにしたけど、ちょっと走るとこうなっちゃう。

だから、そういった価値観のもと、この画像を見ると、どちらかと言えば、きれいな部類に属すると思います。(笑)


これからのシーズン、雪の降った夜が楽しみだねー。是非、乗って欲しいよね。
だって、仮にだよ、すっごい雪の降る日に、自分でクルマ運転していたとするじゃない、

で、はるか前方に911を発見したとするじゃない、もうさ、センターラインも見えないくらい積もってるんだけど、
粉雪を撒き散らしながら、薄暗いテールライトを灯しながら、ブロロロロローン!って走っている姿をを見たら、
ちょっと、あとを追いかけたくなると思うんだよね、で、やっと、信号待ちで追いついて、リアのエンブレム見たら、
Carrera4、ってあったら、なんかよく分かんないけど嬉しいし、これ以上、このクルマをカッコ良く演出するための
シチュエーションってないと思うんだよ。

念のため、蛇足だけど、カレラ4、の、4って、四輪駆動って意味で、
ポルシェ911っていう(市販の)スポーツカーは、1965年の発売以来、ずーっとリアエンジン、リア駆動、
というコンセプトでやってきた。たしかに運転は難しいんだけど、それをなんとか乗りこなしてこそ、男!、
みたいな風潮があったし、それを、万が一、女性がやってのけるとなると、そりゃもう、拍手喝采だった。

いつの時代も、だれでも気安く買えるクルマじゃなかったし、仮に買えたとしても、簡単には乗りこなせませんよ、
という、トリッキーで、デンジャラスな印象こそ、ある意味、このクルマの売り文句の一つだったと思う。

時より、ハイスピードでコーナーに侵入し、その際、フロントに充分なトラクションを与えないまま曲がろうとして、
情けないくらいアンダーが出て、最後は、振り子の原理で、オーバーステアになって、コントロール不能になって、
尻からガードレールに、どっかーん!と激突!

みたいな、噂話を聞くたびに、ああ、それはリアエンジンだからしょーがないよね、
クルマの尻の部分に、あんなに重たい物ばっかし集めてるんだから、そもそも、物理の法則に反するよね、
という結論になり、その場に居合わせたみんなが、とりあえず大筋で納得する、というシーンが多かったと思う。

これは、ポルシェ911、を語るうえで、避けては通れないネガティブな側面だと思う。

ところが、1989年、この、四駆のポルシェ911/カレラ4が発売となった。
僕もその頃、リアルタイムで、遠巻きながら見ていたが、まあ、反応は様々。

中でも、最も意見が分かれたのは、「四駆=安定感」、というフレーズの受止め方、
このフレーズをどう解釈するか?ここが分かれ目だった。

ポルシェAGとしては、もう、ずいぶん昔から、911に変わるべく、何かもっと、楽に売れる、
クルマはないものかと考え、変な話、911を売った利益で、911に変わるモデルの開発をし、
実際に、数種類のフロントエンジンのクルマ、(924/944/928)をリリースしてきた。

要は、911を作ること自体、別に嫌じゃないけど、やっぱ特殊なクルマだし、どうしても高額になっちゃう。
だから、大して売れない、儲からない。
それなら、そこそこの価格で、それなりに広く浅く売れるクルマを作って、それが会社の安定財源となって、
今後、911は、細々と作って、会社の象徴としての扱いで、いーんちゃうの?、
という方向性で行きたかったと思う。

でも、悲しいかな、一番売れたのは、やっぱ、911だった。
売れるんやね、911は。(笑)

「ほんなら!」と、開き直って、「これからも911を主力商品として育てていこーや!」、という結論に達し、
従来の、ポジティブなコンセプトを継承した2輪駆動のカレラ2/930万円、と、
従来の、ネガティブなイメージを払拭したい4輪駆動のカレラ4/1140万円、を同時発売した。

これは、「長年悩み続けた末の苦肉の策」、とも言えるだろうし、
「技術が向上したがゆえの当然の結果」、とも言える。 いずれにせよ、画期的な戦略だった。

さらに、両モデルに、ティプトロニック、というAT限定免許でも乗れるトランスミッションを採用し、(60万円高)、
本気で、広く、深く、売っていこう!、と、勝負をかけた!

ぶっちゃけ、この頃、ポルシェAGは、前代未聞の経営危機に瀕しており、
なんとしてもV字回復を成し遂げないと、かなりヤバい情況だったことも事実。
とくに、上得意様であるアメリカ市場に対し、高い評価を得ることは、社運を賭けた、最優先課題だったはず。

もし、これでコケたら、もし、これ以上、赤字を増やしてしまったら、
噂どおり、フォルクスワーゲンの傘下に吸収合併されるかも知れない、
と、当事者たちもハラハラだったと思うし、僕らのような部外者とて、いったいどーなるんだろ?、と心配だった。

しかーし、その頃、日本は、ちょうどバブル景気に沸いていた、で、まー、売れた、売れた。

土地の売買で、3億円で買った土地がさ、翌週、5億円で売れちゃったーみたいな、
不動産業のオヤジの足クルマ、(別名・通勤快足)、なんかにも良く売れたし、

当時、マスコミでも取り上げられた、某タレント・羽○研二が、梅○アンナの、プレゼントにカレラ2をあげたら、
梅○パパが、えらい怒って、こんなもん返してこいっ!、みたいな報道もされ、(そりゃそーだー)、
それでも、梅○アンナは、しばらくの間、気にいって乗っていたようで、何度も、何度も、
芸能レポーターが押し寄せる自宅ガレージから、ブラックメタリックのカレラ2で出掛ける様子が放映された。

この映像を見て、僕は、良くも悪くも、ポルシェ911という商品の市場拡大に繋がった、と思った。
おそらく、これが、’89年以前に作られた、マニュアルトランスミッションしか選べないモデルだったとしたら、
「彼女のプレゼント用に」、という発想は、まず無かったと思うし、
万が一、実際に贈られたとしても、エンジンや、ミッションが冷え切った状態の911をガレージから出すのに、
あんなにスムーズに、カッコ良く、梅○アンナが運転できたとは思えない。

せいぜい押し寄せる、やんやの芸能レポーターらの目の前で、動揺し、左足の集中力が途切れ、
クラッチミートに失敗し、エンストをして、それを見たレポーター達に一斉に取り囲まれ、もみくちゃにされ、
屈辱的な表情をカメラにさらし、プライドを傷つけられ、もう、こんなクルマなんかいらない、と、
速攻で研ちゃんにキーを返したと思う。

だから、こんな映像を見れば、クルマに詳しくない女性客だって、
「まあ、なんか可愛いし、簡単に乗れそう」、と思ったと思うし、&、
今まで、彼女や、愛人に、ベンツばかり贈っていたシャチョーサンたちも、
「そーかーポルシェという手もアリかー」、と、思ったと思う。

いや、そうじゃなくても、もっと健全で、普通に考えて、もし、ちょっとお金に余裕があって、クルマ好きの男なら、
「うちの奥さんにも一台」、と思って買っても不思議じゃない。

ま、今、振り返っても、そう思えるのだがら、バブル当時なら、もっとリアルに感じたと思う。












・・・・あれ?、なんの話だったっけ?、あ、そうそう、
「四駆=安定感」、というフレーズの受止め方、このフレーズをどう解釈するか?、
それが分かれ目、だったね。





・・・







・・・、ま、いっか、この際、どーだって。(笑)














とにかく、このクルマは売れ、’90年代半ば頃まで、めちゃくちゃ街でよく見かけた。

その頃、僕は20代前半で、中古の’83年式のトヨタ・セリカXX−2000GTを乗り回しており、
あちこちに発生するボディのサビと格闘しながら、
そして、ある日、油圧クラッチの樹脂製のリザーブタンクに亀裂が入って、
そこからオイルが漏れて、少しづつ助手席の足元に垂れてきて、別にそれくらいすぐに直せばよかったんだけど、
なぜか、オイルを継ぎ足し、継ぎ足し、乗っていて、
よく考えてみると、それだとオイル代の方が高づくじゃん、って思うんだけど、
なぜかその時はあまり気にしなくて、で、困ったのは、当時の彼女とデートの最中に、
完全にオイルが抜けてしまって、クラッチが切れなくなって、がっくん、がっくん、となって、
仕方なく、路上で、ボンネットを開け、オイルを補充した時のこと。

おそらく彼女は、そんなこと全く気にしてなかったと思うんだけど、
その時、僕のほうが妙に、恥ずかしい、と思い込んでしまい、その後、あまり盛り上がらなかった。

たぶん、それは、名古屋市内の中心部の大通り、という、人も、クルマも、ごった返す情況であったこと、と、
路肩にクルマを停めて、ボンネットをあけて、なにか作業をする、というのは、
とんでもなく注目を浴びる、ということと、
また、それに付け加え、突発的に起こったトラブルならまだしも、以前から気付いていたにもかかわらず、
修理をしなかった自分に対する、なんともいえない怒りというか、負い目みたいなものが重なり、
また、当時の自分が若かったせいもあり、その後、気持ちの建て直しにうまくいかず、終日盛り下がった。

まあ、これを読んで、クルマ好きの男性諸君らには、「わかるぜー、マスター」、と思ってもらえると思うが、
大抵の女性には、なんとも子供じみた話としか思えないとおもう。

まあ、これを女性の立場に置き換えると、

彼氏とのデートのために、どうしようか迷ったけど、デザインも気に入っていたので、
ちょっと無理をしてワンサイズ下のスカートを履いて行き、デートのお昼御飯の時、
ビュッフェスタイルのイタリアンのお店で、
素焼きのキャセロールにズラリと並べられた美味しそうなケーキを取ろうとした瞬間、
ウエストのフックが根元から外れ、マジで修復不可能となり、
でも、不幸中の幸いで、誰にも気付かれず席に戻る事ができたが、
でも、その後、なんとなく、彼氏との会話に集中できず、気分が乗らなかったので、
適当なウソを言って、予定よりも早く切り上げ、彼氏に家まで送ってもらった、

みたいな心境に近いかも知れない。

まあ、誰でも、ある程度、歳をとれば、多少のトラブルにも動じなくなるし、
逆にそれを、今日のネタ、として楽しく膨らませることが出来ると思うけど、
やっぱ20代って、良くも悪くも若いから、このような経験をすると思う。
甘酸っぱい、とか、ほろ苦い、といった形容詞で。

だから丁度、僕がオイルを補充している最中に、
女性でいえば、必死で、スカートのウエストを片手でつかんでいる最中に、

その横を、ブロロローン!、と走り過ぎていったのが、この911カレラ4だった。(カレラ2だったかも知れない。)

今でもよく覚えている。

白いやつだった。

かっこ良かった。

とくに、そのとき自分が、みじめな情況だったから、余計にそう見えた。

だから、あれから十数年経っても、
僕にとって、この911カレラ4は、「甘酸っぱくて、ほろ苦い」、そんな想い出です。





















2007年版/ポストカードの元画像がこれ。
これは、1970年、MGM Recordからリリースされた、「ビル・エバンス/From Left To Right」。

数年前に買ったオリジナル盤だが、ジャケットのコンディションはあまり良くなくて、
また、もともとの紙の品質が良くなかったせいもあり、ところどころ色ハゲ、毛羽立ち、
があったりして、正直、あまり綺麗に撮影できなかった。

自分でも、「これ、ちょっとどーかな?、うーむ、気になる部分だけでもチクチク直そうかな?」、と、思ったが、
あまり時間に余裕が無かったので、とりあえず、ポストカード作成に関する大まかな指示を添え、
当HP担当の寺西氏に送信した。つーか、丸投げた。(苦笑)

数日後、「とりあえず、こんな感じでどかな?」、と、氏が、やんわりとした表情で版下を持ってきてくれた。
「ジャケットの表面の毛羽立ちが、ちょっと気になったから少し直しておいたよ。
けど、あんまりキレイに直しちゃうと味が無くなるから、ほどほどにしておいたけど。」

素晴らしい!
”毛羽立ち”に関しては、あえて注文はしていなかったが、やはり気にはなっていた。
ま、版下の出来具合を見て、修整をかけるべきかどうか判断しよう、と思っていた。
しかし、よく気が付く人だな、と感心した。

単に、僕と寺西氏の感性が似ているだけなのか、それとも、氏には、僕の心の中が読めるのか?

元のレコードジャケットを店に飾っておきますので、機会がありましたら見比べてみてください。












このレコードは、やっぱ、この寒い季節に聴くのがベストだと思う。

決して、スキーに行ったりする時に、仲間とクルマの中でガンガン聴く感じじゃないけど、
雪の降り積もった田舎道を、1人でまったり運転しながら、もしくは、2人で、あんまし喋ることが無くて
退屈な時に、少しボリュームを上げて聴くと、ぐっと雰囲気が出ると思います。

窓の外の景色を、ぼーっと見つめながら、
右手で、フェンダー・ローズのエレクトリックピアノ、(画像のような)、
左手で、スタインウェイの生ピアノを弾く、ビル・エバンスのスローなメロディに身を任せていると、
なんとなく元気が出て、あ、なんか喋ろうかな?、と思うかも知れません。

それは、なんでだろう?

やっぱ、舞台音楽なんかを手掛けている、マイケル・レオナルドのオーケストラをさりげなく使った部分、
とくに、ストリングス(弦楽器)による柔らかな演奏のせいかも知れないし、
もしくは、今聴くと、妙にレトロで、アナログ的な雰囲気のするエレクトリックピアノの、ポロポロした丸い音色が、
なんとなく、ふわふわと舞い降りる雪とオーバーラップして見えて、優しい気持ちにさせてくれるからかも知れない。

しかし、そんなロマンチックな演奏とは裏腹に、この当時のビル・エバンスは、長年使ってきた麻薬と、
大量の飲酒、そして栄養失調のせいで、肝臓障害を起こしており、にもかかわらず、大した治療もせず、
毎晩のようにライブ活動を行い、ギャラもすこぶる高かったが、どんどん前借りして、その金を持って麻薬を買い、
住んでいたアパートも家賃滞納で追い出されて・・・、といったダメダメ生活を送っていた。

この画像では少しわかりづらいと思うが、右手が異常に腫れ上がっており、重い肺炎にもかかっており、
典型的な症状がでている。そして、積極的な治療を行わない、肝臓機能障害の人間の場合、
10年以上放置しておくと、2〜3%の割合で、回復不可能な肝硬変に移行する、というデータがある。

最終的には、これが引き金となって、皮肉にもデータ通りの10年後、1980年に、吐血し、気管支炎を併発し、
51歳の若さで人生の幕引きをしている。

当然、彼ほどの才能があれば、所属レコード会社も、周囲の人間たちも、早期の段階で入院を勧めたのだが、
彼は、きまってこういったと言う。
「今は、メンバーに恵まれている、新しい方向性が見えてきた、だから、入院をして、せっかくのチャンスを棒に
振りたくない」、の一点張りだった。

冷静に考えれば、そんなこと言ったってよお、体を壊しちゃ元も子もないぞ、と思うのだが、
そういった一般論は、彼には通用しなかった。

たぶん、それは、生涯最高のパートナーと思っていたベーシスト/スコット・ラファロが、1961年に自動車事故で
他界したのがトラウマになっているんだと思う。 実際に、ラファロと一緒に活動したのは、3年くらいなのだが、
彼にあたえた影響は非常に大きく、根深く、良くも悪くも、生涯、ラファロの幻影を追うことになる。

よって、

本当に、恵まれた環境の中で、仕事が出来る、というのは、永遠に続くものではなく、
ひょっとしたら、5分後、10分後に、すべてが崩壊するかも知れない。
だから、今、この瞬間を大切にし、自分の音楽技術、思考を高めていきたい、レベルアップに繋げたい、

と、考えていたのかな、と推測する。

皆さんの中にも、これとよく似た心境になった人は、いないだろうか?

まあ、ここまで極端じゃなくても、大なり小なり、誰でも抱く感情ではないかな?、と僕は思う。

テレビゲームに夢中になっている子供が、オカンに、「もうすぐ晩御飯だから片付けなさい」、と言われ、
ちぇっ、なんだよ、今いいとこなのに、ここさえクリアすれば次のステージに行けるのに、
せっかくこれまで頑張ってきたのは、ここをクリアするためなんだぞ、だいたい、ここで止めたら意味無いし、
こんなに調子いい時なんてめったに無いんだから、この調子で続けたい、
もし、ここで死んだらオカンのせいだからな!、という気持ちを込め、「あと5分!」、と、背中を向けたまま叫ぶ
子供の心境に似ているかもしれない。

けど、肝心なのは、ここから先の話で、

大抵、このケースが続くと、やがてオカンは本気で怒り出し、「もうゲーム禁止!」、と言うと思う。
当然だと思う。 けど、子供としては、これは僕の生き甲斐なんだから、なんとか禁止だけは勘弁してくれ、
と、泣き付くと思う。 けど、オカンもここで許すと、またそのうち同じことを繰り返すに違いない、と、
考え、なかなか表面化しないが、日本全国の家庭に普及した制度、「ゲーム、月・水・金・制」、を導入する
ことを発表する。つまり、ゲームが出来るのは、月曜日、水曜日、金曜日、に限られ、
日曜日は、オプション契約となる。

これは子供にとって死活問題で、1つのゲームを攻略するのに、平均20時間を要する場合、
毎日2時間やって、10日間でミッション完了となるのだが、この制度が導入されると、
倍の20日間も掛かってしまい、クラスの友達に対し、圧倒的なアドバンテージを与えてしまうばかりでなく、
学校内でゲームの話をする場合など、とにかく、あらゆる面においてイニシアティブを失う。

ここで、はじめて、子供は、”毎日ゲームがやれていた”、ということの有り難味を知り、
そのためには、あの時、オカンの晩御飯よ、の合図で、片付けてさえいれば、問題は無かった、と悔やむと思う。

やはり、ゲーム感覚というのは、毎日、コントローラーを握ってこそナンボなわけだし、
それによって、はじめてテクニックが磨かれるものだと思う、だから、
1日置き、というのはどう考えても致命的で、ああ、こんなことになるんだったら、オカンの言う事を素直に
聞いておいて、たとえ1時間でも、30分でも、毎日やれた方が建設的だったな、と思う、と思う。

それと同時に、実質的に、ゲーム施行権を握っているオカンの性格をよりよく把握し、
今後、いったい、どこまで自分の無理/わがままを聞き入れてもらえるのか、といった判断基準を設け、
的確なデッドラインを認識しておく必要性があったことに気付くと思う。

実際には、子供の頭の中で、ここまで具体的な思考は働かないかも知れないが、
なんとなく、漠然と、このようなことを考えると思う。
これも一つの学習能力だと思う。これはこれでOK牧場だと思う。

いずれにせよ、「今さえ良ければそれでいい」、という考え方は、子供にとっても、ビル・エバンスにとっても、
あまり幸せな事ではない、と僕は思う。

たしかに、いろんな事情や、考え方や、トラウマがあったかも知れないが、病状が発覚し、早期の段階で入院し、
治療していたら、彼は、今年で78歳を迎えることができた可能性が大だったと思うし、
ひょっとしたら、ラファロよりも優れたベーシストにめぐり会えていたかも知れない。
そして、これまで以上に、より多くのエレガントな作品を残し、僕らを楽しませてくれたかも知れない。

要は、生きてさえいれば、いろいろな可能性があったということだ。
そう考えると、本当に残念な気持ちになる。

ジャズに関する様々な書物の中で、ビル・エバンスは、極めて時間をかけた自殺だ、
といった内容で書かれているが、やはり、僕もそうだと思う。

自殺は良くない。

昨年は、全国で、本当に多くの子供たちが自殺してしまった。
事情は、様々だと思うが、
でも、そんな子供達全員に言えることは、(いや、最近に至っては大人たちも同様かも知れないが)、
生きていれば、死ぬほど苦しいと思うことも、また、それを吹き飛ばすくらい楽しいことも、
お腹がヨジれるくらい笑えることも、同じくらいあるよ、という当たり前のことを再確認して欲しいと思う。

仮に、もし、今、いじめの標的になっていて、もう絶えられなくて、校舎の屋上から飛び降りたいと思っても、
「、ってことは、この後、なにか楽しいことが待っているのかな?」、と思って欲しいし、
じゃあ、その楽しい事ってどんなことだろう?、と想像して欲しい。

ひょとして、来年あたり、可愛い彼女、(もしくはカッコイイ彼氏)、でも出来るのかな?
とか、高校に進学したら、こんな馬鹿げたいじめなんか無くなるんじゃないかな?、とか、考えて欲しい。

これを言っては、身も蓋もないが、やっぱ、人間が3人以上いたら、どうしても、多数:少数、になるし、
それがそのまま、強者:弱者、になる。これがいじめの骨格だと思う。

これは、子供の社会でも、大人の社会でも、悲しいけど、絶対に無くならない。

そして、生きていれば、楽しい事も、苦しい事も、両方同じくらいある。

この2つを合わせると、いじめの被害にあった人は、生きる希望を捨てず、
このつらい情況が過ぎるのをじっと耐えて待つしかない、という結論になると思う。

じゃあ、いじめた側はどうか?

いわずものがな、そんなもん、いずれ地獄に行くはずである。

だから気にすることはない。
神様は絶対に見ているはずだから。
だから、絶対に、いじめる側に回ってはいけない。

この考えが、少しづつ浸透していけば、少しづついじめは減っていくと思う。

今はこれしか言えない。












2007年1月1日 (月) カフェ・アドレナリン./水野雄一






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