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■web Cafe Adrenaline vol.14■



ジェームスディーンは、映画「ジャイアンツ」の撮影終了後、それまで所有していたポルシェ356Aを3000ドルで下取りに出し、さらに追い金3000ドルを支払うことで、念願のポルシェ550スパイダーを手に入れる。その購入金額は今に換算するとざっと1億円は下らないことになる。これにはさすがのスーパースター☆ジェームスディーンとて、「マ、マジっすか、ちょっと高いっす!」と思ったに違いない。それでも彼は、趣味のレース(?)で勝ちたいという一心から、356よりはるかにアドバンテージの高いマシン、ポルシェ550スパイダーを購入。(趣味と言っても多忙の中、彼はいくつかのレースに出場しており、実際にプロドライバーたちを差し置いて優勝したこともあった。ぶっちゃけた話、賞金もちゃっかりゲットしていたというから大したもんである。)

しかし、なんとも皮肉なことに、念願の550を手に入れた結果、彼は自らの命を絶つことになってしまう。それはまるで、ぜったい引いてはいけないジョーカーを引いてしまったかの如く・・・。

運命の日の1955年9月30日。彼はレース出場のため、納車されたばかりのポルシェ550スパイダーのナラシ運転を兼ね、ハイウェイ466号線を飛ばしていた。夕日がまぶしい、果てしなく続く一本道。しかし、しばらく行くと交差点があった。ナラシといえども、このとき時速160キロは出ていたというから彼のスピード狂ぶりが伺える。

そこへ、’50年型/フォード・プリズマがゆっくりと466号線に合流しようとしていた。この場合、優先走行はジェームスディーンになるので、本来プリズマはジェームスディーンが過ぎ去るのを待ってからの合流となる。

がしかし、プリズマのドライバーが見たものは、はるか向こうに輝く夕日だけだった。運悪く、その夕日の輝きと重なってシルバーに輝くジェームスディーンの550が猛スピードで接近してきていることには全く気付かなかった。まさしく逆光の状態である。いっぽう、ジェームスディーンからは当然、プリズマのことを確認できていたはずなのだが、まさか自分の前に出てくるとは思っていなかったのだろう。

この両者の「気付かなかった」/「出てくるとは思っていなかった」という安易な思い込みが、この悲劇を生んだ。

若干24歳のスーパースターは、念願だったマシンを一度もサーキットで走らせることなく急逝する。




話は変わって、それから2年後の1957年・ワールドパシフィック・レーベルから、そんなジェームスディーンを偲んで一枚のアルバムが発表された。それがこの「THEME MUSIC FROM ‘THE JAMES DEAN STORY’」である。まさに幻のレコードと呼ばれる逸品である。しかも、そんなレア物が馴染みの店で入荷されたのだ!もちろん1957年当時のオリジナル盤である!ちょっと目まいがするくらい高価なレコードだったが、本作品のリーダーがチェットベイカー&バドシャンクという豪華な顔ぶれと、(レプリカではあるが・・・)同じ550のオーナーとしての敬意から、(悩みに悩んだ挙句)謹んで引き取らせてもらうことにした。

ま、当分のあいだ、白ごはんに味噌汁だけという粗末な食事を強いられることになるが、これはこれで良い買い物をしたのだと、俺は決して間違っていなかったのだと、強く!強く!強く!強く!強く!自分自身に言い聞かせている今日この頃である・・・。(←幸せなやっちゃな〜)






2001年3月1日/カフェ・アドレナリン・店主/水野雄一








■乗れるローテク・アイボ?■

以前にも紹介した、スバル360でお馴染みの「ガレージ・プレアデス」の大森さんが、クラブを立ち上げた。その名も「ぷにぷにモーニング」という女子中学生をターゲットにした、地下組織メカニック養成機関である。入会金200万円を支払うと、キャブレターのオーバーホールから始まり、モーター類の電磁コイル巻き直しや、サンドブラスターのあて方、音で聞き分ける可変バルタイの取り方などなど、油まみれ、リークしまくりの中、過密カリキュラムが組まれる。最終的には、片手でメールを打ちながら、浜崎を唄いながら、陥没したフロアパンを取り除き、無免許ながらも巧みにアーク溶接を操るレベルまで仕上げたいと言う。

とまぁ、そんな冗談はさておき(笑)、じつのところは、戦後間もない我が国に、軽自動車というすばらしいカテゴリーを築き上げた先人達に感謝し、現在に至ってはその実用面こそ無くなったものの、愛らしいスタイルと小学生でも理解できるシンプルな構造をもつローテク・クルマたちを出来る限り守っていこう!という真面目なクラブなのである。その名も、スバル360オーナーズクラブ名古屋である。

そして、そのクラブ発足記念イベントとして行われるのが、「パヤパヤ・ねじのピッチサイト」・・じゃなかった、「懐かしい車たちの集い/2001」というもの。昭和50年までに生産されたクルマ(外国車は1970年まで)を大事に所有してみえるオーナーたちに広く呼びかけ、御自慢の愛車たちを一堂に集め、互いの親睦を深め合おうというイベントである。


■開催日時:2001年5月20日/日曜日/9時20分〜15時20分
■開催場所:愛知県名古屋市瑞穂区/瑞穂公園野球場前広場
■参加費用:出展者は2500円。一般ギャラリーの方は無料。(ただしクルマでお越しの方は、市営の駐車場(1回・500円)を御利用くださいとのこと)

尚、御自身の愛車を展示されたい方、もしくは質問等のある方は、下記事務局までお問い合わせください。

〒463−0081 愛知県名古屋市守山区川宮町148−1 ガレージ・プレアデス内/スバル360オーナーズクラブ名古屋・事務局 大森徹也まで。 (電話:052−794−0540/Eメール:ohmori@subaru360.net)


確かに、それなりにマニア度の高い内容になると思うのだが(笑)、あまり気にせず、散歩のつもりで気軽に来られたし!といった感じである。主催者側もきっとそう思っているに違いない。

ある意味「癒し系」とも見て取れる、旧・軽自動車規格の360ccのクルマたち。その緊張感のかけらもない、ぽかーんとした能天気なルックスは、今話題のロボット犬・アイボより、はるかにリラクゼーション効果があるのではないかと思ってしまう。(笑)

大気汚染/環境問題がさけばれる昨今、このように自動車が築き上げた文化も大切に保護していくことも大事だと思う。物質的なものを浪費しない、それはそれで理解できるし、大気も汚しちゃダメだと思う。でも一番良くないのは、なんでもかんでも臭いものには蓋をするといった一部の役人の短絡的な考え方だと思う。たしかに古いクルマの排気ガスは環境に悪影響を及ぼすけど、それらを全面規制すればいいのかと言えば必ずしもそうじゃないはずだ。

時にはスピーディな判断も必要かと思うが、状況を見据えながら、なにか新しい解決策を考えるといった姿勢も大事だと思う。なにかを判断するときに、文化的なものまで断ち切ってしまうようではいけないと思う。

今回のイベントは全くの民間主催ながら、名古屋市の協力を得られたことは、大いに意味のあることだと思う。


そういった意味でも、このイベントの成功を祈らずにはいられない。








■レストアのススメ■


「休みの日はマスター何してんですか?」みたいなことを聞かれることがある。何と言われても困るんだけど、・・だいたい昼頃にしか起きないので大したことが出来るわけもなく、ただぶらぶらと本屋、クルマ屋、レコード屋を散策する程度である。「・・・他にすることはないのか?」と思われるかも知れないが、これはこれで結構楽しいのでなかなかやめられない。

先日いつもの如くレコード屋めぐりをしていると、思わず凍りついてしまうようなショッキングなレコードに遭遇した!それが下のレコードである。



多少でもジャズに詳しい方ならば御存知であろう、女性ジャズボーカルの名盤中の名盤、「エラ・フィッツジェラルドの、エラ・イン・ベルリン」である。なにがショックかと言えば、その恐ろしく乱雑に扱われたと思われるジャケットのクタクタ加減と、たった600円という二束三文のプライスである!(ちなみに現在このオリジナル盤は5,000〜7,000円というのが相場だ。)

無論、これはオリジナル盤ではなく、それよりほんの少し後のアメリカ盤である。とはいえ、30年以上も前にリリースされた貴重なレコードには違いない!それが、店のすみっこのバーゲン棚に「なんだったら捨ててもいいんだぜ〜」、みたいなかんじで置いてある!なんと哀れなことか!値札だって直接ジャケットに貼ってあるし!酷すぎるぜ!(左上の方/Mの上あたり!)

しかし、そんなことより一番許せなかったのは、上の写真でも見てわかるように誰がやったか知らないけど、レコードジャケットをトレー代わり使って思いっきりカップの染みがついていることだ!!私は、こういう無神経な扱いによるダメージが一番許せない!まったくUFO着陸じゃねーんだからさ、ミステリーサークルじゃねーんだからさ、たのむぜホント・・。

よって、レコード状態を示す記号も「E+++」という、最悪の評価が下っていた。

しばらくそのレコードを手に取ったまま呆然と立ち尽くし、しみじみエラおばさんの顔を眺めた。

「あんた・・いい表情してるじゃねぇか・・・。その二重アゴだって立派だぜ・・・。そーいや、あんた!俺の実家の近所のおばさんに似てるな!で、どーよ最近、まだ相変わらずタバコ、パカスカ吸ってる?」

なーんて馬鹿なことを思いながら、しだいに「これは俺が買わなきゃ誰が買う!」みたいな気持ちに迫られ、結局、劣悪状態の名盤「エラ・イン・ベルリン」を買うことにした。

家に帰って、恐る恐るレコードを取り出してみたのだが・・・案の定・・・、それはそれは想像を絶する痛み具合で、たとえ600円とは言え、ちょと憂鬱な気分になった・・・。(笑) 「おいおい、どーすんだよ、こんな戦いに負けたサムライみたいなレコード・・・」と思った。でも気を取り直し、せっかく買ったのだから一回くらい聞いてみようと思ったのだが・・・、しかし、さすが600円のレコード!いったい、どーしたらこんなにホコリにまみれるのか!と言うくらい、焼肉でも食べながら聞いてたのかよ!と言うくらい汚れており、手アカも付き放題!これをこのまま自分のターンテーブルに乗せる気にはなれず、夜、泣きながら水洗いをするはめになった。

結局、レコード洗浄後、自然乾燥には約40分かかるので、その間、破れたレコードジャケットの修復をすることに・・・。(※べつにウエスみたいなもので拭き取ってもOKなのだが、できるだけレコードの溝にホコリなどを付着させないようにという配慮から、私は自然乾燥を実行している。俺は忙しいのか、暇なのか、どっちなんだ!という、よーわからん行動である。)。

結局なんやかんやで、聞き始めるまでに1時間以上はかかる。こんなことなら最初から状態の良いレコードを買ったほうが安かったんじゃないかと思えるくらい手間が掛かった。(とはいえ、この修復作業も含めて私の趣味なので、これはこれで良しとしよう・・)

そして、いざ!レコードを回してみる。するとどうだろう!多少のノイズは入るものの、ふだん視聴するのに全く問題ないコンディションであった!絶対に音飛びがするであろう箇所も、難なくクリアしているではないか!これにはちょっと感動した!結局、A面・B面、共に問題なし!

あまりの嬉しさに、再度、水洗いをしてみた!結局、レコードの溝に詰まったホコリなどは、毛穴につまった老廃物と同じようなもので、一度の洗浄でだめなら、二度、三度と繰り返すことによって、徐々に浮き出てくるのだ。その甲斐あって、高音もいくぶんシャープになり、ノイズも減少、全体的に音のメリハリがクッキリとしてきた!

もともと’50年代’60年代に生産されたレコードは、レコード自体の厚みがかなりあるため、溝の作りもしっかりとしている。だからある程度のメンテナンスをしてやるだけで本来の音に復活することもある。(今回みたいにね。ちなみに’70年代以降になると、コストダウンのためレコードを軽く薄く作る技術が発達し、それと引き換えにあの深みのある、骨のある音は再現できなくなってしまった。残念である。)



なんかえらくマニアックな話になってしまったが、とまあ、こんな感じで私の貴重な休日は過ぎてゆくのであった。(笑)



■エラ・フィッツジェラルド/エラ・イン・ベルリン:1960年2月に行われたライブアルバムである。とにかくノリノリの作品で、大観衆を前にこんなにはしゃぐエラはめずらしく、サッチモ(蛇足かと思うが念のため:ルイアーム・ストロングのニックネーム)のモノマネあり、ドゥビダドダド・・とスキャットあり、なんかもう最高に楽しい作品である。ちなみに私の購入した盤は1961〜2年にかけてプレスされたもので、残念ながらオリジナル盤ではないが、手間をかけたぶんとても愛着のある一枚となってしまった。







■次回の予告■


先月デジカメを買ったので、昼間のカフェ・アドレナリン・を撮ってみました。すごく天気のいい日で、あまりに太陽の光がまぶしすぎて、ピンボケになっちゃいましたが、この雑然とした感じがじつにアドレナリンらしくていいじゃないですか。それではまた来月お会いしましょう!

次回は、2001年4月1日更新予定!


テーマは、まだ決まってません!



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